暫 「歌舞伎十八番」

歌舞伎の十八番、「暫」とはどんな演目なのか

歌舞伎の名門、市川家、成田屋の十八番といえば、初代市川團十郎により初演され、9代目團十郎が演じたものが固定したといわれている名作です。
罪のない善男善女が悪人によって捕えられ、今まさに皆殺しにされるという時、「しばらくー」という大声をあげて駆けつける主人公が大迫力です。

しばらくーという声をあげて荒れ狂う様に暴れ善男善女を救うというこの演目は、江戸時代、「江戸の顔見世狂言」としてお約束となっていた局面を独立して演じているものです。
公家姿の悪人の役(うけ)が清原武衛、ヒーローとなる主人公が鎌倉権五郎影政といいます。

初代から受け継がれ9代目で一幕物として独立した

元禄10年、江戸中村座の参会名護屋の中の一場面として、初代市川團十郎が初めて演じたもので、中村明石清三郎との合作です。
他にも説がありますが、大詰めの一場面が暫という形で知られるようになってこれが演目の原型とされています。

初演から江戸では毎年11月の顔見世興行において上演されているもので、5代目市川海老蔵によって歌舞伎十八番として数えられるようになりました。
これ以降は外題として暫が扱われています。

ずっと上演のたびに登場人物が変化していたのですが、明治28年になって福地桜痴により改訂され、それが基礎となり9代目市川團十郎が演じた際に、一幕物として独立した演目となり、その脚本は固定され現代にも受け継がれています。

物語が難しくないので現代も成田屋十八番、大人気の演目

簡単明瞭な物語なので現代、歌舞伎に詳しくないという方でも受け入れやすくわかりやすい、ということで人気演目の一つとして数えられています。
若い人が最初に見るならこの歌舞伎ともいえる演目で、とにかくわかりやすく、物語の筋をあらかた知らずに見ても十分納得でき、なるほど、昔からあるヒーローものだなとわかります。

荒事の十八番、代表作として海外公演でも演じられることの多いこの暫は、英語では「Just Moment」こちらも十分わかりやすくなっています。

初代團十郎に始まる成田屋の歴史

暫は成田屋の十八番ということで、少し成田屋の歴史にも触れておきます。
初代團十郎の父、堀越繁蔵は成田山新勝寺に近い地域の出身、少なからず縁があり、子宝に恵まれずに悩んでいた初代團十郎が父と共に成田山に子宝祈願したところ、翌年に2代目團十郎を授かったという歴史があります。

この2代目團十郎がまた元気よく健常に成長したということでこれを喜んだ初代團十郎は報謝し、元禄8年、山村座で成田不動明王山を演じ、これが大当たりし、この時、舞台に銭10貫の御賽銭が投げ込まれたといいます。
成田屋!という掛け声がかかったことで、屋号「成田屋」となったといいます。

その後、着々と成田屋は人気を博し、成田山当たりの経済は大いに潤ったといいます。
当時成田参詣では参詣者で道があふれるといわれた佐倉街道という道があったのですが、これが成田街道と変わったのもこの時代です。

成田山新勝寺との縁があり成田屋と成田山との縁は今も変わらず続いています。
300年という深い歴史を持った成田屋は、長きにわたり歌舞伎の世界を牽引している存在といっていいでしょう。