毛抜 「歌舞伎十八番」

歌舞伎十八番毛抜の歴史をみてみよう

歌舞伎十八番に毛抜が入ったのは天保3年の事です。
しかし5代目市川海老蔵(7代目市川團十郎)が嘉永3年に演じたことを最後に上演されることなくなり、歌舞伎の演目としての伝承は絶えてしまったという作品です。

しかし古劇を復活させたいとしていた2代目市川左團次が岡鬼太郎の勧めによって毛抜の復活に取り組み始め、明治42年、明治座で復活しました。
ただこの演目は伝存されていた雷神不動北山櫻の脚本を岡鬼太郎が手を入れたもので、演目の型等も違い、一から左團次が作ったものとされています。

これ以降、その他の歌舞伎役者も左團次の作った毛抜を元にして演じるようになり、現在に毛抜として伝えら獲れています。

市川宗家の役者が演じる時と他家が演じる時の違い

300年という深い歴史を持っている市川宗家、成田屋は名門中の名門ですが、市川宗家の役者が毛抜の粂寺弾正を演じる時と、他家の役者が演じる時では衣裳に違いがあります。

市川宗家の役者の場合、亀甲文様の着付、寿の字海老の裃(かみしも)です。
他家の役者が演じる場合、二代目左團次が復活した際に利用した白の着付けに碁盤模様の裃を利用しています。

毛抜の物語、どんなストーリーなのか

公家「小野春道」の姫、「錦の前」は文屋豊秀に御嫁入が決まっていましたが、髪の毛が逆立つという奇病にかかり外出することもできない姿になってしまいます。

文屋豊秀には粂寺弾正という家来がいて錦の前の様子を見に来ますが、髪の毛が逆立つ様子にびっくりしてしまいます。
錦の前が退出され一人控えているとそこに美しい小姓が煙草盆を届けに来ました。

馬術を教えてやるといい手をとってすり寄りますが、すぐに逃げられ、お茶を届けに来た腰元にもすり寄っては逃げられます。
いよいよ退屈した粂寺弾正が毛抜を使って自分の髭を抜き始めるのですが、床の上においた毛抜が勝手に動きだします。

仕方なく煙草を吸おうとしても銀の煙草の方は動くことがない・・・ここで元々知恵ものの粂寺弾正は怪我逆立つ仕掛けが天井裏に仕掛けられている大きな磁石だと気づきます。
実は家を乗っ取る事を企てていた小野家の家臣がしていたことでした。
それに気づいた粂寺弾正はその家臣を討ち取り、悠々と引きあげていく、そんなお話です。

若い人が見ても楽しく面白い、セクハラ的なシーンも見もの

お嫁に行く前に髪の毛が逆立つというとんでもない姿になってしまっていた錦の前を、見事、家臣の策略と知り、頭脳明晰な面を見せて討ち取ってしまうのですが、ただのカッコいい人ではなく、セクハラシーン等があるのがこの毛抜の面白いところです。

このシーンでは粂寺弾正を演じる歌舞伎役者によって色っぽさを強調したり、ユーモラス路線で行くなど、それぞれに演じているのでそれも見所です。

とんでもなく大きく誇張されている毛抜が髭を抜き始めると踊りだし、ここから粂寺弾正の顔がゆるんでいたものからどんどん理性ある明晰な顔に変わっていく演技も見ものです。